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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)2187号 判決 1979年2月27日

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

(主張)

当事者双方の主張は、左に付加するほか、原判決事実摘示のとおりである(但し、原判決三枚目表六行目に「昭和四八年」とあるのを「昭和四七年」と、同四枚目表一行目に「昭和四七年分」とあるのを「昭和四七年七月分」と各訂正し、同裏四行目の「五月一五日ころ、」の次に「同月分以降」を加え、同五行目に「通知」とあるのを「意思表示」と訂正する。)から、これを引用する。

一  控訴代理人

(一)  被控訴人の請求原因事実中、一、二の事実を認める、三の事実中被控訴人の主張するような賃料増額の意思表示のあつた事実を認めるが、その余を争い、四の事実を否認する、五の事実を争う。

(二)  控訴人は、被控訴人の本訴請求に応ずべき筋合いのものではない。その理由は次のとおりである。

1 原判決添付別紙物件目録記載の土地(以下、本件土地という。)に対する賃賃借契約(以下、本件賃貸借という。)条項中、昭和四八年五月分以降の賃料は控訴人が毎月末限り持参して支払うこと及び控訴人が賃料の支払を二回以上怠つたときは被控訴人は何らの通知催告を要せず、直ちに本件賃貸借を解除することができる旨の条項は変更された。すなわち、被控訴人は、本件土地周辺に広範囲にわたる宅地を所有する地主であつて、その借地人は控訴人を含めて三〇名に及んでいるが、昭和四〇年ころより地価の騰貴を口実として、毎年三ないし四割、若しくは五割もの賃料の値上げを強行し、同四八年五月には、八割という大幅な値上げを借地人に通告したため、その時以降借地人のうち二六名の者は団結してこれに応ぜず、従前の額をもつて賃料を供託している。控訴人も、同様に昭和四八年五月以降の賃料を二ないし三カ月分ずつまとめて供託しており、被控訴人は、本訴提起に至るまで二年間、この点について何らの異議を述べなかつたからである。

2 被控訴人がした本件土地の賃料を一カ月金九、〇九七円に増額する旨の意思表示は、本件賃貸借の条項中、昭和四八年五月分以降の賃料については控訴人と被控訴人間で協議して定める旨の条項に違反するから、増額の効果を生じない。

3 昭和四八年五月分の賃料について、そのころ控訴人ら右二六名の借地人は、相当と考える従前の賃料を持参して被控訴人方に赴いたところ、被控訴人は、今後増額された賃料でなければ受取らないとその受領を拒否したのであるから、それ以降の賃料についても、予め受領を拒絶したものというべきである。従つて、控訴人は、その後口頭の提供をしなくとも、債務不履行によつて生ずる責任を免れることができるから、控訴人が右賃料を供託しなかつたがために、本件賃貸借を解除されるいわれはない。

4 以上の主張がすべて理由がないとしても、本件賃貸借の解除は、信義則に違反し、権利の濫用に該当して許さるべきものではない。その理由を詳言すると、次のとおりである。

(1) 控訴人は、七〇歳を過ぎた生活困窮者で本件土地上の家屋以外に居住可能な家屋は存しないのに反し、被控訴人は、自ら本件土地を使用する必要がなく、本件賃貸借に際しては、更新料として七年分の賃料に相当する金五五万円を徴している。

(2) 控訴人は、その長男の扶養を受けているが、同人は日雇いの左官手伝であつて、収入は不定、かつ少額であるうえに、控訴人のほか妻子を扶養しているため、数カ月分の地代をまとめて支払わざるをえない状態にあるが、本件訴訟が提起された後は、できるだけ被控訴人の意に添うべく努力して現在に至つている。

(3) 控訴人は、被控訴人から賃料の受領を拒否されたため、供託の義務を有しないけれども、念のため相当と考えた賃料三カ月分ずつの供託を続けてきたが、本件訴訟が提起された後は毎月供託を続けている。ところが、被控訴人は、生活に困窮した老婆である控訴人を狙い、些細な供託の遅れを理由とし、催告もせずに、本件賃貸借の解除に及んだのである。

5 控訴人は、前記のとおり、昭和四八年五月被控訴人に対し同月分の賃料を提供して受領を拒否されたが、それ以降の賃料の受領をも予め拒否されたものというべきであるから、その後の賃料を供託して現在に至つている。

二  被控訴代理人

(一)  控訴人の抗弁1の事実を否認する。

(二)  同2の事実中、被控訴人が本件土地の賃料を一カ月金九、〇九七円に増額するに際し、控訴人と協議しなかつた事実を認める。

しかしながら、右協議が行われなかつたのは、控訴人ら借地人が大挙して被控訴人方に押しかけ、被控訴人に対し集団交渉を要求し、個別の交渉を拒否したためである。

(三)  同3の事実を争う。

昭和四八年五月分以降本件土地賃料は、一か月九、〇九七円が相当であつて、被控訴人に対する増額請求の意思表示によつて当時既に右の額に増額されていたのであるから、従前の額による控訴人主張の賃料提供は適法な提供にあたらない。

(四)  同4の事実を争う。

控訴人は、昭和二一年一二月本件土地を賃借したが、間もなく賃料を滞り、度重なる催告を受けて漸く支払うという状態を続け、同四一年九月から数カ月分の賃料を滞納し、さらに同四七年本件土地賃貸借権を無断で他に譲渡した。そこで、被控訴人は、控訴人との本件土地に対する賃貸借契約を解除し、右土地の明渡しを求めるための仮処分命令の申請などの手続をとつたが、本件土地に居住したいとの控訴人の懇請を容れ、改めて本件賃貸借を締結するとともに、賃料、延滞賃料の支払義務を明確に定めたのである。ところが、控訴人は、またもや本件土地の賃料及び右延滞賃料の支払を怠り、全く賃借人としての誠意がみられないため、やむなく本件解除に及んだのである。

(五)  同5の事実を争う。

(証拠関係)(省略)

理由

一  被控訴人が昭和四一年一二月一日控訴人に対し本件土地を賃貸したこと及び被控訴人が同四七年八月四日控訴人と合意のうえ、同四七年五月分以降の賃料を一カ月金六、四九〇円に改訂し、同年七月分以降の賃料を毎月末限り被控訴人方に持参して支払うこと、控訴人が賃料の支払を二回以上怠つたときは被控訴人は何らの通知催告をせずに本件賃貸借を解除することができる旨の特約をした事実は、当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証によると、右賃貸借は非堅固な建物の所有を目的とするものである事実を認めることができる。

二  控訴人は、本件賃貸借条項中、賃料は毎月末限り持参して支払うこと及び賃料の支払を二回以上怠つた場合の無催告解除に関する前示特約は変更された旨主張するが、控訴人が昭和四八年五月分以降の賃料を二ないし三カ月分ずつまとめて供託し、被控訴人がこの点につき二年間も異議を述べなかつたことが、仮に控訴人の主張するとおりであつたとしても、このような事実から、直ちに右の特約が変更されたということはできないし、他にこれを認めるに足りる証拠も存しないから、右主張は失当たるを免れない。

三  被控訴人が昭和四八年五月一五日ころ控訴人に対し同月分以降の本件土地の賃料を一カ月金九、〇九七円に増額する旨の意思表示をした事実は、当事者間に争いがない。

控訴人は、被控訴人の右賃料増額の意思表示は本件賃貸借条項中の協議条項に違反して無効である旨主張するので、この点について判断するに、前示甲第一号証によると、被控訴人は同四七年八月四日控訴人と、同四八年五月以降の賃料については公租公課の増加に応じて被控訴人、控訴人別途に協議して定める旨の約定をした事実を認めることができ、被控訴人が右賃料増額の意思表示をするについて控訴人と協議しなかつた事実は、当事者間に争いのないところであるから、賃料増額の意思表示は、右特約に違反し、その効力を生じないものといわなければならない。控訴人の右抗弁は理由がある。

もつとも、この点に関して被控訴人は、控訴人ら借地人が大挙して被控訴人方に押しかけて集団交渉を要求し、個別交渉を拒否したため右の協議が行われなかつた旨主張する。そして、控訴人ら二六名の借地人が被控訴人方を訪れたことは、後に説示するとおりであるが、右増額の意思表示がそれ以前になされていることも、後記のとおりであるばかりでなく、控訴人らが集団交渉を要求し、個別交渉を拒否したため協議ができなかつたとの事実を認めるに足りる証拠は存しないから、右主張は採用しない。

四  次に、成立に争いのない甲第二号証の一、二によると、被控訴人は昭和五〇年四月一一日到達の内容証明郵便をもつて控訴人に対し、同四九年一〇月一日以降の賃料不払を理由に本件賃貸借解除の意思表示をした事実を認めることができる。

控訴人は、被控訴人は昭和四八年五月分の賃料の受領を拒否し、その後の賃料についても受領を拒否したものというべきであるから、賃料不払を理由に本件賃貸借を解除することはできない旨主張するので、この点について検討するに、成立に争いのない乙第二ないし第九号証に、当審における証人鈴木昭夫、控訴本人の各供述を総合し、かつ、控訴人の賃料提供の主張に対して被控訴人が従前の額による提供では適法な提供にはあたらない旨主張している当審弁論の趣旨に照らせば、控訴人は被控訴人から前示賃料執額の意思表示を受けて間もない昭和四八年五月ころ他の借地人二五名の者とともに被控訴人方を訪れて被控訴人に対し賃料増額の意思表示の撤回を求めて交渉したが、被控訴人の容れるところとならなかつたこと、そこで控訴人は前示二五名の者とともに持参した同月分の賃料を従前の額をもつて弁済のため提供したが被控訴人においてその受領を拒絶したこと、そのため控訴人は同年六月三〇日から同五〇年二月一二日まで八回にわたり同四九年九月分までの賃料を弁済のため供託した事実を認めることができる。右認定に反する証人小俣幸子の供述部分は、前顕各証拠に照らし措信できず、他にこれを左右するに足りる証拠は存しない。右に認定した事実によれば、被控訴人は、右受領拒絶の後において提供されるであろう同四八年六月分以降の賃料についても、受領拒絶の意思を明確にしたものと認めるのが相当である。

そうすると、被控訴人は、受領拒絶の態度を改め、以後賃料を提供されたならば確実にこれを受領すべきことを表示するなど、自己の受領遅滞を解消するための措置を講じなければ、賃料不払を理由とする本件賃貸借の解除をすることはできないものというべきところ、このような措置を講じたとの点について主張も立証も存しないから、前示解除の意思表示は、その効力を生じないものといわなければならない。控訴人の右抗弁は理由がある。

五  進んで、昭和四九年一〇月一日から同五〇年四月一一日までの賃料の請求の点について検討するに、被控訴人の賃料増額を意思表示が効力を生じなかつたことは、前叙認定のとおりであるから、本件土地の賃料はなお一カ月金六、四九〇円であることは明らかである。そして、被控訴人が控訴人に対し昭和四八年五月分及びその後の賃料について受領を拒否したことも、前説示のとおりであり、控訴人が同四九年一〇月分から同五〇年一月分までの賃料合計金二万五、九六〇円を同年五月一四日に、同年二月分から同年五月分までの賃料合計金二万五、九六〇円を同年八月一日に、いずれも弁済のため東京法務局に供託した事実は、成立に争いのない乙第一〇、第一一号証によつて認めることができるから、被控訴人において右供託物の還付請求権を取得し、これによつて控訴人は、右賃料債務を免れたものといわなければならない。控訴人のこの点に関する抗弁も理由がある。

六  以上の次第であるから、被控訴人の本件請求は、控訴人その余の主張について判断するまでもなく、失当として全部棄却すべきものである。

七  よつて、本件控訴は理由があるから、これと結論を異にする原判決を取消し、被控訴人の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

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